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武士道-その7 「誠」

  10, 2018 14:08
武士道
武士道の世界

7.「誠」-なぜ「武士に二言はない」のか?
(1)真のサムライは「誠」に高い敬意を払う
「・・・真実性と誠意がなくては、礼は道化芝居か見世物のたぐいにおちいる。・・・孔子は「中庸」の中で誠をあがめ、超越的な力をそれに与えて、ほとんど神と同居であるとした。・・・そして、孔子が熱心に説くところによれば、誠はつぎのとおりである。まず、至誠は広々として深厚であり、しかも、はるかな未来にわたって限りがない性質をもっている。そして意識的に動かすことなく相手を変化させ、また意識的に働きかけることなく、みずから目的を達成する力をもっている。・・・」
「・・・(武士たちにとって)嘘をつくこと、あるいはごまかしは、等しく臆病とみなされた。武士は自分たちの高い社会的身分が商人や農民よりも、より高い誠の水準をもとめられていると考えていた。「武士の一言」、あるいはドイツ語でこの言葉の同義語にあたる「リッターヴォルト」は、断言したことが真実であることを十分に保証するものであった。・・・」

(2)武士道と商人道は何が違うのか
「・・・人の世の中におけるあらゆる立派な職業の中で、商人と武家ほどかけ離れた職業はない商人は社会的身分階層としては士農工商の最下位に置かれていた。サムライは土地からその禄を得ていたし、もしその気があれば家庭菜園で農耕をすることもできた。だが、銭勘定ごとと算盤は徹底して忌み嫌っていた。・・・『西(ローマ)帝国最後の世紀におけるローマ社会』の著者であるディル教授は、ローマ帝国衰弱の原因の一つは、貴族が商業に従事することを許可し、そのためにごく少数の元老とその家族が富と権力を独占したことにあったことを私たちの前に明らかにした。・・・」
「・・・(しかし)商業であれ、他のどんな生業であれ、いかなる職業もなんらかの道徳律がなくては取引きが成り立たないことは明らかである。封建時代に日本の商人は仲間内で道徳律をもっていた。またそういうものでなくては、たとえ未熟な発達の程度であれ、株仲間、両替商、相場、手形、為替などのような基本的な商業制度を発展させることはできなかった。・・・日本が開国して外国貿易がはじめられたとき、・・・他方、誠実な商家は開港場に支店を開くようにという幕府の再三の要請をことわりつづけていた。・・・」

(3)誠とは実益のある徳行
「・・・アングロ・サクソン民族の高い商業道徳に対する私の偽らない敬意をもって、私はその根拠をたずねたことがあった。するとその答えは、正直は割りに合う、すなわち「正直は最善の策」である、というものであった。・・・」
「・・・ニーチェがいうように、正直はいろいろな徳のうちではもっとも若い徳である。いいかえれば、それは近代産業の養子である。・・・産業が発達するにしたがい。誠は実践しやすい、むしろ実益のある徳行であることが明らかになってきた。・・・」
「・・・商人である債務者にとっても、誠意と名誉が約束手形の形で差し出すことのできるもっとも確かな保証であることを述べるのも、興味ぶかいことである。・・・」

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