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武士道-その8 「名誉」

  14, 2018 15:20
武士道の世界

8.「名誉」-苦痛と試練に耐えるために

(1)不名誉はその人を大きく育てる
「・・・名誉という感覚は個人の尊厳とあざやかな価値の意識を含んでいる。名誉は武士階級の義務と特権を重んずるように、幼児のころから教え込まれるサムライの特色をなすものである。・・・そして、「羞恥心」という感性を大切にすることは、彼らの幼少のころの教育においても、まずはじめに行われたことであった。「人に笑らわれるぞ」、「体面をよごすなよ」「恥ずかしくはないのか」などという言葉は過ちをおかした少年の振る舞いを正す最後の切り札であった。・・・羞恥心は人類の道徳意識の出発点だと私には思える。・・・それは(羞恥心)、あらゆるサムライの頭上にダモレスクの剣のようにぶら下がり、しばしば病的な気質を帯びさえした。名誉の名のもとに武士道の掟の中でも許されないような行為がしでかされた。取るにたらない理由、というより侮辱を受けたという妄想から、短期で尊大な連中は腹をたてて抜刀に及んだ。そしてあまたの刃傷沙汰が起こり、多くの無実の人々の生命が奪われた。・・・」

(2)武士道はなぜ忍耐強さの極致に達したのか
「・・・よく知られた格言に「ならぬ堪忍、するが堪忍」というのがある。偉大な人物であった徳川家康は、後世の人びとに「人の一生は重き荷を負うて行くが如し。急ぐべからず。堪忍は無事長久の基・・・。己を責めて人を責むるべからず」といっている。・・・
・・・武士道がむやみに争わず、あえてあらがわない忍耐強さの極致に到達したことについては、武士道を信奉した人びとの言葉の中にみることができる。・・・熊澤(蕃山)は「人は咎むとも、咎めず。人は怒るとも怒らじ、怒りと欲を捨ててこそ常に心は楽しめ」といっている。・・・」

(3)名誉はこの世で「最高の善」である
「・・・名誉は「境遇から生じるものではなく」て、それぞれが自己の役割をまっとうに務めることにあるのだ、ということに気づいているは、ごくわずかの高徳の人びとだけである。・・・若者が追求しなければならない目標は富や知識ではなく、名誉である。・・・
恥となることを避け、名をかちとるためにサムライの息子はいかなる貧困をも感受し、肉体的、あるいは精神的苦痛のとっとも厳しい試練に耐えたのであった。彼らは若年のころにかちえた名誉は年がたつにつれて大きく成長することを知っていた。・・・もし名誉や名声が得られるならば、生命自体は安いものだおとさえ思われていた。したがって生命より大切とする根拠が示されれば、生命はいつでも心静かに、かつその場で棄てられたのである。・・・」
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