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"Small is Beautiful" その6 人間の顔を持った技術 「大衆による生産」のために

  20, 2018 09:27
シューマッハ

6回 人間の顔を持った技術 「大衆による生産」のために

「・・・近代世界は技術によって形成されている。その世界は、相次ぐ危機で混乱し、あらゆる分野で災厄が予見され、まさに崩壊の徴候がみられる。・・・自然はつねに、いつどこで止まるべきかを知っている。自然の成長の神秘より以上に大きなことは、成長の自然敵停止の神秘である。すべての自然的事象には、規模、速度あるいは厳しさ(物の動きの)にも尺度というものがある。その結果、自然の体系-人間はその一部であるが-は自己均衡、自己調整、自己浄化の傾向をもっている。技術にはそれがない。技術と特殊化によって支配された人間にはそれがないと言うべきかもしれない。・・・近代世界は三つの危機に巻き込まれている。第一に、人間の本性は非人間的な技術と組織と政治のパターン-に反抗している。第二に、人間の生命を支える生活環境は痛みを訴え、うめき声を上げ、半ば崩壊の徴候を示している。そして第三に、世界の再生不可能な資源、特に化石燃料の侵略について十分知っている人ならどんな人でも、深刻な供給の隘路と事実上の結果が、予見できる将来に間違いなくやってくることは明らかである。・・・物質主義、すなわち限られた環境の中での永久的な膨張主義は目的追求に成功すればするほど、生活上の期待は満たされないということである。・・・
技術の本来の役割は、働く人間が生命を保ち、潜在力を開発するために、人間の背負わなければならない重荷を軽くすることである。・・・たとえばコンピュータが書記や数学者でも長い時間のかかることをほんの二、三秒でやってのけるのをみるならば、技術がこうした目的を満たしているのを理解することは容易である。が、社会全体をみるときには、この単純な事情の中に含まれる真理を確信することはいっそう難しい。私が初めて世界を旅行し、豊かな国と貧しい国を訪問し始めたとき、経済学の第一法則を次のように公式化したい気持ちにかられた。すなわち、「社会が享受する実際の余暇の量は、動員できる労働節約機械の量に反比例する傾向がある。」と。・・・たとえば、のんきな英国からドイツや米国に行くとすると、そこでは人びとがはるかに大きな緊張のもとで生活している。工業発展のリーグ戦のビリに近いビルマのような国に行けば、そこの人々はたいへんな余暇の時間を楽しんでいるのを発見するだろう。・・・したがって、技術が実際にどんなに役に立つのかという問題は検討に値する。・・・なぜなら、トマス・アキナスが頭脳と手にあるものと定義した人間にとっては、創造的で、有益で、生産的な仕事に手と頭を使うことより大きな楽しみはないからである。今日、この単純なこと、非常に贅沢な仕事を楽しむためには、その人はかね持ちでなければならない。・・・(今日の近代社会では)総時間の96.5%は、睡眠とか、食事とか、テレビをみるとか、あるいは直接生産にかかわりのない仕事に費やされ、多かれ少なかれ人間的に時間をつぶすことになる。・・・総社会時間の3.5%に生産時間を限定する過程では、仕事に費やす時間から得られる通常の人間の楽しみと満足はすべて取り去ってしまうことになる。したがって、近代技術は、もっとも楽しく創造的で、手と頭を使う仕事を人間から奪い取り、少しも楽しくない断片的な仕事をたくさん与える・・・将来も開発されるであろう近代技術はますます非人間的な顔を示しているとのわれわれの懸念を確認するのである。・・・人間本来の真の必要に適合し、われわれを取り巻く自然の健康と世界が付与する資源とに適合する新しい生活様式を開発するまでは、しかしそうしない限り、事態はさらに悪化し、ついには大災厄に陥るであろう。・・・貧しい国の貧困はわれわれの技術をうまく彼らに適用することを、いずれにしても不可能にするからである。もちろん、彼らはしばしばそうしようと試みるが、そんなことをすれば大量の失業、都市への大量移動、農村の荒廃、そして耐え難い社会的緊張といった非常に恐ろしい結果を蒙ることになる。・・・ガンジーがいったように、世界の貧困は大量生産によってではなく、大衆による生産によってのみ救われるのである。・・・大量生産体制は、すでに豊かであることを前提とする。というのは、ただ一つの工場を建設するのにも、多額の投資を必要とするからである。大衆による生産体制は、すべての人間が保持する、金では買えない資源、彼らの優れた頭脳と技倆のある手を動員し、第一級の道具でこれらを支える。大量生産の技術は本来、暴力的であり、生態系に打撃を与え、再生不能の資源については自己敗北的であり、人間を無能にする。近代知識と経験をもっともよく利用する大衆による生産の技術は、分権化をうながし、生態系の法則に適合し、希少資源の使用には十分気を使い、人間を機械の奴隷にする代わりに、人間に奉仕するように設計されている。私はそれを中間技術と名付ける。その意味は過ぎ去った時代の初歩的技術よりはるかに優れているが、同時に金持の超技術よりはるかに簡単で、安く。自由だということである。・・・われわれはすでに、将来を決定する態度について矛盾対立をおこしているようだ。一方には、現在の方法を強めることによってのみ三重の危機に対抗できると考える人々がいる。私はこれを、“前のめり大敗走”と呼ぶ。他方には、人間とその世界の基本的真理に立ち戻ろうとして新しい生活様式を模索しようとする人々がいる。私はこれを“里帰り”と呼ぶ。・・・“里帰り派”の人々は最上の曲は持たないが、福音にも劣らぬもっとも崇高な聖句(「山上の垂訓」)を持っている。
-幸いなるかな心の貧しき者。       天の御国は彼らのものである。
-幸いなるかな悲しき者。         彼らは慰められるからである。
-幸いなるかな心優しき者。        その地は彼らのものとなるからである。
-幸いなるかな義に飢え乾きたる者。    彼らは満足を与えられるからである。
-幸いなるかな平和をつくる者。      彼らは神の息子と呼ばれるからである。
・・・里帰り派の人々は前のめり大敗走派の人々を動かすものとは異なった人間の映像を基礎にしている。後者が「成長」を信じているのに前者はそれを信じていない・・・同様に、里帰り派は、すべての生命の本質的要素と言いうる進歩を信じないというのも、きわめて皮相的である。重要な点は、なにが進歩を構成するのかを決定することである。・・・
一般の人々はしばしば専門家より広い視野に立ち、より“人間的な”見解をとることができるという事実に希望が持たれる。今日、まったく無力だと感じがちな一般の人々の力は、新しい行動の出発点ではなく、すでに出発している少数派グループに共感と支援を与えることの中にある。・・・近代農業は、土壌、植物および動物にますます多くの化学製品を適用することに依存しており、土壌の肥沃さを健康への長期的な影響にはきわめて重大な疑問が持たれている。・・・こうした化学製品に依存せず、長期的な土壌の肥沃さと健康に疑問を生じさせることもなく、すばらしい収穫をあげて成功した農民は多くの国にいる。・・・彼らの手法は、自然調和の無限に微妙な体系に対して、非暴力的で謙虚な特徴を帯びている。これは近代世界の生活様式の反対側に立つものである。・・・産業技術も分野では、中間技術の開発グループがある。・・・その仕事は第三世界に技術援助を与えることに主たる関心を注いでいるが、豊かな社会の将来に関心に持つ人々からもまた、この研究結果は多くの関心を引きつけている。なぜなら、中間技術-人間の顔をもった技術は実際に開発可能であり、生育可能であり、技倆のある手と創造的な頭脳をもって人間を生産過程の中に再統一するものであることを、研究結果は示しているからである。大量生産に代わる大衆による生産に奉仕する。・・・技術開発に新しい方向を与えることは可能であることを私は疑わない。その方向は人間の真の必要を呼び返すものであり、また人間の等身大の規模に戻ることえお意味する。・・・技術の方向を転換して、人間を破壊する代わりに人間の奉仕するものとするために、なによりも想像力が必要であり、不安を放棄する努力が必要である。


こうした人間として行うべき人生哲学をもう一度見直そう!
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