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武士道-その9 「忠義」

  27, 2018 11:46

武士道の世界

9.「忠義」-人は何のために死ねるか

(1)武士道では個人よりも国を重んじる
「・・・西洋の個人主義は父と子、夫と妻に対してそれぞれ個別の利害を認めている。したがって人が他人に対して負っている義務は著しく軽減している。しかし武士道においては、一族の利害とその個々の成員の利害は一体不可分とする。・・・アリストテレスや何人かの現代の社会学者のように、武士道では個人よりも国がまず存在すると考えている。つまり、個人は国をになう構成部分として生まれてくる、というのだ。そのために個人は国のため、あるいはその合法的権威のために生き、また死なねばならない。・・・」

(2)サムライの真の「忠義」はここにある
「・・・トーマス・モブレーが次のように述べるとき、モブレーは私たちのよき代弁者となるのである。

畏るべき君よ、わが身は御許に捧ぐ
わが生命は君の命のままなり
わが恥はしからず
生命を棄つるは我が義務なり
されど死すとも墓に生くるわが芳しき名を
暗き不名誉の用に供することを得ず

己の良心を主君の気まぐれは酔狂、思いつきなどの犠牲にする者に対しては、武士道の評価はきわめて厳しかった。・・・このような二種類の家臣(佞臣)は・・・その一人は自分自身の追従に由来する情愛に溺れ、あたかも主君のロバのようにあらかたの自己を費やしてしまう、従順かつ卑屈な下僕である。もう一人はその身ぶり、しぐさを偽り、しかも心の奥では自分のことだけを考えている愚か者である。・・・もしそのことが容られないときは、サムライは自己の血をもって自分の言説の誠であることを示し、その主君の叡智と良心に対して最後の訴えをすることはごく普通のことであった。・・・」

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