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武士道-その10 「武士は何を学び、どう己を磨いたか」

  28, 2018 09:42
武士道の世界

10.「武士は何を学び、どう己を磨いたか」-行動するサムライが追求した「品性」とは何か

(1)行動するサムライが追求した「品性」とは何か
武士の訓育にあたって第一に必要されたのは、その品性を高めることであった。そして明らかにそれとわかる思慮、知性、雄弁などは第二義的なものとされた。・・・「知」という漢字は、第一に叡智を意味し、知識は従属的な地位を与えられるにすぎなかった。・・・武士道の枠組みを支えているかなえの三つの脚は「智、仁、勇」といわれ、それぞれ知恵、慈悲、勇気を意味している。サムライは本質的に行動の人である。・・・サムライは「人間を救うのは教義ではない。教義を正当化するものは人間である」と信じた。・・・武士道の訓育においては、その教科とされるものは主として剣術、弓術、「柔術」もしくは「やわら」、乗馬、槍術、戦略戦術、書、道徳、文字、そして歴史によって構成されていることは、驚くにあたらないだろう。これらのうち、柔術と書道については二、三の説明を要するだろう。書を能くすることは大いに重んじられた。・・・また、書体は、その人となりを表していると信じられている。柔術を簡潔に定義すると、攻撃や防御のために解剖学的知識を応用することとなる。柔術は腕力に頼らない、という点で相撲と異なる。その技は相手の身体のある部分をつかんだり、叩いたりして、相手を気絶させたり、抵抗できないようにするものである。その目的は殺すことではなく、一時的に行動できないようにさせることである。・・・」

(2)武士道は損得勘定をとらない
「・・・武士道は損得勘定をとらない。むしろ足らざることを誇りにする。・・・ヴェンティディウスがいったように「武人の徳とされている功名心は汚れをまとった利益よりも、むしろ損失を選ぶ」とさえいう。・・・彼は金銭そのものを忌み嫌う。金儲けや蓄財の術にたけることを嫌う。彼にとってはそれは紛れもない不正利得であった。・・・よく知られている格言は、「なかんずく金銀の欲を思うべからず、富めるは智あり」といっている。したがって、武士の子弟は経済のことをまったく眼中に入れないように育てられている。・・・古代ローマでは収税吏や財政をとり扱う官僚がしだいに武人の階級に昇進し、その結果、国家は彼らの職務や金銭そのものの重要さに対して重い配慮を払うようになった。このことからローマ人の贅沢と強欲が引きだされたと考えることもできよう。だが、武士道にあたってはそのようなことはありえなかった。わが武士道は一貫して理財の道を卑しいもの、すなわち道徳的な職務や知的な職業とくらべて卑賤なものとみなしてきた。このように金銭や金銭に対して執着することが無視されてきた結果、武士道そのものは金銭に由来する無数の悪徳から免れてきた。このことがわが国の公務に携わる人々が長い堕落を免れていた事実を説明するに足る十分な理由である。だが惜しいかな、現代においては、なんと急速に金権政治がはびこってきたことか。・・・

(3)武士道は無償、無報酬の実践のみを信じる
「・・・若人を教育する主たる目的は品性を高めることであった。・・・単に博学であるだけで人の尊敬をかちうることはできなかった。ベーコンが説いた学問の三つの効用、すなわち快楽、装飾、および能力のうち、武士道は最後のものに決定的な優先権を与えた、その能力は「判断と実務の処理」のために用いられることを目的とした。公務の処理にせよ、自制心の訓練のためであるせよ、実践的な目的をもってその教育が行われたのである。・・・武士道は無償、無報酬で行われる実践のみを信じた。精神的な価値にかかわる仕事は、僧侶、神官であろうと、教師であろうと、その報酬は金銀で支払われるべきものではない。それは無価値であるからではなく、価値がはかれないほど貴いものであるからだ。・・・一年のうちのある時季に、弟子たちが彼らの師になにがしの金銭や品物を持参する慣習は認められていた。だがこの慣習は支払いではなく、感謝の意を表す献上の金品であった。・・・彼らは逆境に屈することのない、高貴な精神の威厳ある権化であった。彼らはまた学問がめざすところのものの体現者であり、鍛錬に鍛錬を重ねる自制心の生きた手本であった。そしてその自制心はサムライにあまねく必要とされるものであった。・・・」
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