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武士道-13 「刀」-なぜ武士の魂なのか

  01, 2018 10:00
武士道の世界

13.「刀」-なぜ武士の魂なのか

(1)刀は名誉と忠誠の象徴
「・・・サムライの子弟はごく幼いころから刀を振り回すことを学んだ。彼らは五歳になると、サムライの正装に身をつつみ、碁盤の上立たされた。そして、それまでもてあそんでいた玩具の短刀のかわりに本物の刀を腰に差すことで、武士の仲間入りを許された。その日は、その子にとってきわめて記念すべき日となった。この「武門入り」の最初の儀式がとり行われると、もはやこの身分の象徴をたずさえることなく、その子が屋敷の外へ出かける姿を目にすることはありえない。だが普段は、たいていの場合、銀塗りの木刀で代用していた。・・・十五歳で元服し、独りだちの行動を許されると、彼はいまやどんな時にも約にたちうる鋭利な武器を所持することに誇りを感ずる。・・・その腰に差しているものは、彼がその中にいだいている忠誠と名誉の象徴である。大小二本の刀は、それぞれ太刀と小刀、もしくは刀と脇差しと呼ばれ、どんな時でも腰から離れることはない。屋敷内では、それらは書院か客間のもっとも目につきやすい場所に置かれた。・・・」

(2)鍛冶は重要な宗教的行為だった
「・・・刀匠は単なる鍛冶屋ではなく、神の思し召しを受ける工芸家であった。・・・彼は毎日、神仏に祈りを捧げ、みそぎをしてから仕事をはじめる。・・・大槌を振り、水につけて、砥石で研ぐ、これらすべてがたいへん重要な宗教的行為であった。・・・名刀には、芸術が与える以上の何かがあったのだ。鞘から引き抜かれた瞬間、表面に大気中の水蒸気を集めるがごとき刀身、その清冽な肌合い。青白く輝く閃光。比類なき焼刃。それらには歴史と未来が秘められている。それに絶妙な美しさと、最大限の強度を結びつけているそりのある背-これらすべてが力と美、畏敬と恐怖の混在した感情を私達にいだかせる。・・・」

(3)武人の究極の理想は平和である
「・・・武士道は適切な刀の使用を強調し、不当不正な使用に対しては厳しく非難し、かつそれを忌み嫌った。やたらと刀を振り回す者は、むしろ卑怯者か、虚勢をはる者とされた。沈着冷静な人物は、刀を用いいるべきときはどのような場合であるかを知っている。そしてそのような機会はじつのところ、ごく稀にしかやってこないのである。・・・」

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