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大東亜戦争は侵略戦争か?

  22, 2019 10:32
瀬島隆三

大東亜戦争は侵略戦争か?

帝国陸海軍は、ABCD包囲ラインによる日本経済封鎖を解くために、パールハーバーを襲撃し、フィリピン占領、マレーシア・シンガポール占領とアングロサクソンの植民地を占領した。すなわち、英米に対して戦争を挑んだのである。ベトナム、インドネシアはそれぞれ仏蘭の植民地であったが、ドイツの両国の占領によって空白化しており、その占領は侵略ではないといえよう。こう考えると、日本の東南アジア進出は、英米仏蘭の植民地解放とも言える行為であり、事実その後(戦後も含めて)こうした国々は続々と独立した。日本は結果的にはその独立を支持した。インドネシアやインドの独立には大いに貢献したといえよう。だから、その主目的であるエネルギーや資源の確保には結果的に失敗したが、アジアの植民地解放には成功したのである。こう考えると、欧米から見れば侵略であるが、アジアから見れば植民地解放である。「侵略」ではないのだ。世界的見地で歴史を振り返っても、やはり大東亜戦争は植民地解放の戦いであると言える。また、占領したフィリピン、マレーシアも戦後は日本の親日国になっており、戦争中決して植民地的残虐行為は行わなかったと考えられる。こう考えると、大東亜戦争は、ABCD包囲ラインを引く英米仏蘭を相手としたアジア植民地解放とそのエネルギー資源確保のための戦さであった。したがって、ドイツのような独立国を侵略したわけではない。すべてが植民地であったからだ。英米仏蘭との戦いにはどちらにも道義のある戦いであり、「東京裁判」は戦勝国が敗戦国を相手に行ったリンチであってとてもフェアーといえる代物ではない。確かに、三国枢軸同盟によって日本がナチと同罪になったのは大きな政治的ミスであった。結論は、「大東亜戦争は、アジア解放の戦争目的をかかげた英米仏蘭の帝国主義列強との戦いであり侵略戦争ではない」といえる。




アジア解放戦勝史観の起点は昭和16年12月8日午後0時20分発表の帝国政府声明文である。この声明文は昭和16年12月8日(発行日付は12月9日)の各紙夕刊に掲載された。大東亜戰爭の開戦目的を開戦時に表明した政府文書はこの帝国政府声明文が唯一のものである。

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